アートとサイエンスについて。

皆さんこんばんは。 ATC 45 です。この番組はサラリーマンフリーランス会社経営者という 3 つの働き方がチャレンジしながら自分らしい自由な生き方を模索している私 ATC のチャンネルです。はい、ええと今日はですね。あのアウトとサイエンスについてということでお話ししていきたいと思うんです。

けれども色々とですね。考えがなかなかまとまらないでちょっとですね。悶々と 1 日 2 日間ぐらい考えていた関係で、今日曜日の夜ええと 1 時半ぐらいになってるんですけども、えっとそういう時間になってしまいましたが、これから取っていきたいという風に思います。

で、あのサイエンスタートっていうのをま色々調べたりしながら、これでなんか言いたい事ってあるのかな? とか。あのー、この内容ってあのー喋らずに終わろっかなとかも思ってたんですけども、色々と考えてく中で伝えて伝えたいことが出てきたのでお話したいと思います。

でええとまず、あのサイエンスについてお話をしていきたいと思うんですけども、あのサイエンスっていうのはあの語源がラテン語の好きエンディアということで、えースキエンティアっていうのはあの知る何々を知るとか、あの知識えーというようなえーことを指しますとでサイエンスというとあの科学っていうようなイメージがあると思うんですけども、それだけじゃなくて、まあ知識全般のことを再現するという風に言っていたそうです。

で、あの、リベラルアーツとかって変え方に近いのかなっていう風に持っていって、あのリベララーツって前に前回か全全回ぐらいにお話したんですけども、リベラル」っていうのはその自由自由人が知っているべきことということで、ええと奴隷という言葉えー。

どれという制度がまだ。あの合法的にあった時代にええと奴隷に対して自由人ええ人たちがええ知っているべき。学問みたいな形でレベルアールアーツっていうのが使われていたというようなことがありました。

ということでサイエンス」っていうのは、まあ知識全般のことを差しています。と表したいということ、えーがあってまその気持ちとかええと捨てたもんがあると思うんですけども。それを理解するためには、受け取り手が理解しに行かないとわからないものっていうのがええと、そのアートの意味だっていうことを前回までえー話をしてきました。

とで、あのそもそも何が何が役に立つのかとかえ、何が役に立たないのかとかってすごくこう。見分けがつかないっていうか、えっとー分けることが難しいのかなっていう風に思っていて、あの役に立つということ自体が何なのかえっていうのがよく分かんないなっていうのが、まあ今の僕の中でのええと、まあもやもやとしたような気持ちでした。

でええともう少しその考えをえっと深めていった時にえーとまあととサイエンスっていうのを考えて行った時にえっと知識と現実かえーみたいなことをなのかなっていう風に思いまして。

ま知識っていうのはまあサイエンスのこと言ってるんですけども、サイエンスがその客観的に知るとかま世にあることをま普遍的な事実みたいのを知っていく。あ、のーニュートンがなんかリンゴが落っこちてきたのを見て、あのーなんだろう。

1。えー万有引力の法則でしたっけ? そういうのがわかったみたいな話があったと思うんですけどもああいう風にこう今見たく、いろんなものがその明らかになってなかった時にすごいこう。昔の人ってまあ今も我々もそうなんですけども、本来であればなんかすごくなんで世の中ってこんな法則があるんだろう。ってすごく不思議に思ったと思うんです。

けれどもまそれをまあ明かしていくっていうのがえっとー。明らかにしてくっていうのがサイエンスだったのかな?っていう風に思って、それってあのええと客観的な外からええと内側というか、あのみたいな方向性なのかなっていう風に思っていて、あの外にある外ってのは自分の外にあることをあの理解して自分に取り入れていこうみたいな方なのかなっていう風に思っています。

で、今その現代に我々がいる時になんか感覚的にはなんかこう。だいぶん尻すぎたというかっていうふうに思っていて、あのーそのまあ部品性があるものっていうのを理解してくっていうことって何なのかな?って言った時に、あのもう少しあの言葉を変えていると言うと、それってあの超みんなにとっての共通の事実を解明していること、えーなのかなっていう風に思っていて、まあ超共通っていうのは普遍的ってことなんですけども、それってなんかこれ以上必要なんだろうか?っていうのが僕の中で今思っていたことでした。

ええと例えばあの天気予報がええと、来年からは 100% あの会うようになります。みたいな形になった時にそれってあの例えばじゃ絶対傘を持たなくていいとか、あのー絶対寝れなくて済むとかまそういう準備ができたりしていいかもしれないけど、例えばその天気予報がその 100% 当たります。ってなった時にでもそれってなんかそこまで嬉しいんだろうか?

みたいなことを思いました。その外こととか自然の摂理みたいのってええと理解していくことを極めて言った時に、その人間の幸せっていうのが、これ以上それによって高まるんだろうか。みたいなところがどうなのかなっていう風に思いました。

あの一部、あのーま自然環境が破壊されてるっていう時に、それを破壊しないために何かできることがあるかとかってことが、科学によって分かるんであればその何でしょう? 我々がこう地球を破壊してしまうのを止められるえーみたいなことができればいいと思うんですけども、それってなんかこう。

そもそもの世の世の法則を知るっていうところ、科学サイエンスの理解とはまた違ったところにあるような気がしたので、あのーま何しよう。こうま何かを知るっていうこと。外から何かを知るっていうのはもうあの十分なのかなっていう風に思いました。

で一方でさっきあの知識と現実使っていた時に現実化っていうのはあのな何かっていうと、あの人の内面にあるものを人の手で何か形にしていくま氷室化していくことアートって呼んだ時にその現実化って言ってるのはなんか人の中にあるものって、なんかこうアリオで実際にあるんだろうけども、なんかないような感じじゃないですか。っていうか、あのーなんかこうはっきりとわからないものが、このこの中にもやもやあってえー。

そういったものをあの形にしていくことを現実かという風にちょっと読んでみたんですけども、これってあのさっきの外から内側っていうサイエンスに対してアートって、そのうちから外内側のもの外に出していくということなのかなっていう風に思いました。

で、えっと内側のことっていうのは、その時代と共もま解明されてきたかっていうと、まあそうでもないのかなって。なんかこう考えれば考えるほど、えっと問題が増えていくような気もする。っていうか実感もあるし、あの時代と共に移ろ行くもの。

その時、その時代その時代でなんか考えていくことだったりとか。あの人々のま悩みとか。その喜ぶものとかってま多少変わってるのかな?っていう風に思っていてま変わらないこともあると思うんですけども、あのそれってあのさっきのえっとサイエンスが超共通のま事実を解明していくのに対して考えればあとって、まあ超個人的なこ物そのここにあるものっていうものを表現してるのかなっていう風に思いました。

なんかこうさっきも言ったんですけど、これ自分の気持ちってま人に見えないし、その自分でもよく分からないような。本当になんかモヤモヤしたものなのかな?っていう風に思っていて、あのそれを表現していくていうことがまああと活動なのかなっていう風に思います。

とねえ、あのーまそれってそういったことってあの自分でもよく分からないんだけども。まあ少しでも誰かと共感できたり、もしくはその心をえ通わせることができたら、何かこうすごく嬉しかったりとか生きがいになったりとか、まあ倍に対策こう。

心が救われるみたいなものがあるっていうのが、その心の内面の部分がその表面に出てきて、何かその形として表した時にその誰かが共感するっていうことに。まあ価値があるのかなっていう風に思っています。

で、あのこんな感じでちょっとあのまとまったような。また待ってないようなあの話の内容になっちゃったんですけども、あのー、まあ後とサイエンスっていうことを考えて来た時にあのまとめて言うと、そのアートっていうのは内側から外側にその自分の考ええー。

とかはその心の中にある色々な状態えーというものをまあ表現していく。その色んな技術を持ちいて氷室化していくというま現実化していくということに対してサイエンス」っていうのは、まあ外にあるま不変の法則、外にあるというのはその自然界にあるっていうことだと思うんですけども、そのま現象を見ながら観察しながら、それを事実を知っていくということなのかなっていう風に思っていて、まこれであのこれ以上あの追求していくところに何で?

そこなんかそこに意味がないと別に強く僕は持ってるわけではなくて、あ 7 かその辺でもしかしたら意味があるんっていう風に思ってる。自分もいて、あの科学とかすごい好きだし。

あのーいろんなこう宇宙宇宙に飛んで行っていろんなこう。新しい科学によって、あの宇宙に住む計画があのできていきたいとかってことで、まあすぐワクワクする話だし、消してあの今否定をしていきたいわけではないんだけども、あのそれ以上になんかこう。

今こう皆の中にというか自分の中にの課題としてあるものも、そしても今だけじゃなくて、おそらくその 1000 年前も 2000 年前も、もしかしたら 5000 年ぐらい。前のええと人たちもそれからこれから 100 年後、宣伝後 2000 年後の人たちにも共通として恐らくあるのっていうのはその心の中にあるものっていうのが、なんでこんなふうになるんだろうとか。

なんでここに疑問を感じるのかってことをあのー表現していくとか、そういったところについては、あのー共通のま人が人である限り共通のコツなのかなっていう風にまあ思いました。

で、まあ、それさえもこうサイエンスでなんて言うんだろう。分解されて理解されてで時代がやってくるのかちょっと分からないんですけども、でもま今の時点ではまあ人が人である理由ってそういったところなのかなっていう風に思って、あのアートの勝ちってそういうところにあるのかなってことを考えた回でした。

はいということで、えっと今日も聞きただけありがとうございます。ええとスタンド FM 各種ポッドキャスト Twitter ブログでえーこういった内容を配信しています。えー、 ATC 45 であの検索していただけると出てくると思いますので、フォローやいいね」をしていただけるととても励みになります。

ではではまた次回までお元気ではい。おやすみなさい。バイバイ!

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